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これは大正時代のお話である。廿世紀も早十五年を過ぎて、新世紀到来の興奮もすっかり冷めた頃合いである。

 京都の第三高等学校に清水平太郎という学生がいた。

 平太郎は人類の進歩と調和を信じる合理主義者で、幽霊や妖怪といったものを心底軽蔑していた。あんなアヤフヤなものを怖がる人間は無知蒙昧のわからんちんだと断言して憚らず、「廿世紀人としての自覚を持て」というのが口癖である。「子どもだましの怪談を怖れるのは天下の三高生にもあるまじき非理性的態度である。新世紀にあって世界的雄飛をなすべき帝国日本の新青年がそんなことでどうする乎。旧世紀人は郷里へ帰れ」

 こういう人間を前にすると、なんとかして「参った」と言わせたくなるのが人情である。生意気な平太郎をこらしめるべく、友人たちは「平太郎の胆を試す會」をしばしば開催したが、ことごとく失敗した。平太郎には何一つ怖いものがないという噂であった。

 さて、その夏、四条烏丸にある「廿世紀ホテル」で妙な出来事が相次いでいた。

「廿世紀ホテル」は煉瓦造りの西洋風ホテルである。欧州大戦による軍需景気でしこたま儲けた成金が建設したもので、屋根に聳える時計台、最新式のセントラル・ヒーティング、全館を宝石箱のごとく輝かす電灯、深紅の絨毯を音もなく行き交う従業員たちと、まさにハイカラ中のハイカラだったが、そんなホテルで怪異が続発するというのだから妙だった。三階の客室で妙なものを見たと言う客が続き、調査のために泊まり込んだ従業員までが恐怖のあまり郷里へ逃げ帰る始末だった。一週間経っても怪異は止まず、悪霊を祓うために鳴弦の術をやってみたとか、叡山の坊主に経をあげてもらったとか、狸を捕まえるのが得意な猟師に罠をしかけさせたとか、さまざまな噂が広がった。

 これを聞いて喜んだのが「平太郎の胆を試す會」の面々である。

 「さすがのおまえも廿世紀ホテルの妖怪には手も足も出まい」

 「何を言ってる」と平太郎は言った。「妖怪なんて存在するものか」

 平太郎の伯父は清水製作所という理化学機器の製造所を経営している。廿世紀ホテルが誇る最新式電気設備の一切は清水製作所の手によるもので、廿世紀ホテルの持ち主と清水家はまんざら知らない仲ではなかった。ちょうど夏期

休暇中であったこともあり、平太郎は「自分の手で調べてみたい」と考え、伯父を通じてホテルに調査を申し入れた。「何が起こっても自己の責任において処理する。客室内で起こったことは他言しない」ということを条件に、平太郎が個人的な調査を許されてホテルへ乗りこんだのは八月頭のことであった。

 廿世紀ホテルは自慢の電灯を盛んに輝かせて、砂埃舞う夕暮れの烏丸通りを明るくしていた。

 客室まで案内してくれた若いホテルマンは、怯えきって入ろうとしない。平太郎はかまわず踏みこんだ。明るい電灯に照らされたモダンな室内にはこれといって怪しいところもないが、なんとなく鬼気が漂っている。そう思ったとき、飾り暖炉の前に置かれた長椅子にひとりの女性が腰掛けていることに彼は気づいた。白いひらしらした半袖の洋服姿で、髪を短くしたモダンきわまるガールである。彼女は白い腕を長椅子の背にかけて振り返り、平太郎に向かってニッと笑いかけた。

 「さすが評判になる怪異だけのことはある。どういう仕掛けだろう」と平太郎は思った。「まるで本物の女性が座っているように見える。こんなに美しい怪異なら大歓迎だがなあ」

 しかしその女性は正真正銘の人間であって、ホテルの持ち主の娘だった。令嬢は「妖怪退治を見物したい」と言い張るのである。平太郎が「危険かもしれませんよ」と言うと、彼女は大きな目で平太郎を見返した。「あなたは怪異を信じているの?」

 「信じません。そんなのは妄想にすぎない」

 「それなら危険もないわけだわ」

 変わった女性もあるものだ、と平太郎は思った。

 大きな革鞄から平太郎は道具を取りだした。伯父の工場から借り出してきたもので、水銀温度計やら湿度計、光度計、畜電池、白熱灯、写真機などさまざまである。「なんだかたくさん持ってきたのね」と令嬢は感心して平太郎の手元を覗きこんでいる。ホテルマンは令嬢を置き去りにすることもできず、かといって室内に入るのも恐ろしく、ドアのところでもじもじしている。

 あれこれ準備をしているうちに窓外は暮れきり、ふいに室内灯がチカチカと明滅した。

 平太郎が用心深くあたりを見まわしていると、飾り暖炉から白く大きな袖がヌッと出てきた。「あ!」と令嬢が息を呑み、身を翻して平太郎の背後に隠れた。怖がっている風でもあり、面白がっている風でもある。なんともいえない良い匂いがして、平太郎も悪い気はしない。令嬢をかばいながら暖炉を見つめていると、その不気味な袖口から白いふわふわした手が出た。いやに丸っこくて巨大な手で、擂粉木のごとき不恰好な指が生えている。あっけにとられて見ているうちに、その指の先からまた手が生え、その手の先にまた手が生える。生えだすにつれて次第に細くなる指はふやけたように白く、ついにはエノキダケのような細さになった。無数の小さな手がうじゃうじゃと動きまわる様子は不気味きわまりない。平太郎が「どういう仕掛けだ?」と思って近づくと、すうっと見えなくなる。離れるとふたたびうじゃうじゃする。

 ふいに背後で悲鳴が聞こえたので振り向くと、ホテルマンが気を失って伸びていた。半開きになったドアの上から、子どものような華奢な白い腕が一本ぷらんと垂れ下がっている。逃げだそうとしたホテルマンはその腕に顔を撫でられて気絶したらしい。平太郎が垂れ下がる腕に近づこうとすると、まるで蛇が巣穴に戻るようにスウッと上に消えてしまった。続いて飾り暖炉から出ていた大きな袖もひっこみ、客室はまた元の通りになった。あたりはしんとして、何一つ動くものはない。

 「……面白いでしょう」と令嬢が囁いた。

 「面白いですな」と平太郎は言ったが、怪異の正体は見当がつかなかった。

 かくして平太郎は夜ごとホテルへ通いだしたのであった。夜更けの十時頃に一度だけ、例の怖がり屋のホテルマンが夜食のバタつきパンと珈琲を持ってくる。平太郎は濃い珈琲を飲みながらひたすら待った。たいていの怪異は真夜中前後に起こる。

 平太郎を襲った怪異はさまざまだった。ある夜は部屋が地震のように揺れて壁に亀裂が入った。亀裂の向こう側にたしかに廊下が見えたのに、しばらくするとふさがってしまった。あるときは天井が下がってきた。じっとしていると頭が天井を突き抜けて、屋根の上へ出た。首をまわすと暗い京都の町並みが見え、屋根の上の時計台がハッキリ見えた。感心していると元に戻った。光源もないのに壁に活動写真が映し出されたこともある。壁際に飾られていた女神像が歩きだしたこともある。困ったのはバタつきパンを齧っているうちに物理学の教科書が消えてしまったときで、平太郎が床に這いつくばって探していると、「トントココニ」という小さな声が飾り暖炉の方から聞こえ、そちらへいくとマントルピースの上にきちんと立てかけてあった。それらの怪異に合理的説明を与えるのは至難のわざであった。客室を隅から隅まで調べ、ホテルの従業員たちに話を聞いても何の手がかりも得られない。謎ばかり増えていき、平太郎は苛立った。怒りさえ感じた。夏期休暇はむなしく過ぎていく。

 ホテルで過ごす夜の気晴らしは、しばしば訪ねてくる令嬢であった。「幼い頃は長屋の裏で大根を育てたものよ」と語る彼女にとって、日露戦争から欧州大戦まで、父親が大富豪へと変身を遂げた十年は激動の十年であった。しかし彼女は自分が長屋の娘から深窓の御令嬢になったことも、あまり気にかけてはいないように見えた。こんなにもふわふわした奇想天外な人種に会うのは初めてのことで、平太郎は会うたびに令嬢に惹かれていくのだった。彼女は多忙な父親の目を盗んで自由気儘に遊んでいるらしい。活動写真の小屋に入り浸り、鴨川で夕涼みしたりカフェーに出入りしたりし、六角の夜店をうろついてガラクタを買ってくる。彼女にとっては平太郎の背中に隠れて怪異を眺めるのも、そういった遊びの一種なのであろう。彼女はたいへん怖がったが、そのくせ怪異を見たがるのだった。

 ある夜、巷で評判のクリーム・パンというものを令嬢が買ってきた。いざ二人で食べようとしてパンを割ると、中は空っぽで一滴のクリームもない。「あら!」と令嬢が眉をひそめたとたん、天井から二人の頭にクリームがタラタラと垂れてきた。「ひゃあ!クリームだらけだ」と悲鳴を上げる平太郎を見て、令嬢はくすくす笑って、自分の頬についたクリームをぺろりと舐めた。その仕草は平太郎を圧倒するに足る愛らしさを持っていた。そのとき平太郎は、「怪異の正体を明らかにすれば令嬢に会うこともなくなるのだ」と考えて淋しい気がした。その後、「何を情けないことを考えているのか」と自分を叱責した。

盆を過ぎた頃から、怪異はいよいよ凄みを増してきた。

窓の外にギラギラと輝く巨大な目玉が現れ、逆さ首が暖炉から飛びだして転げまわり、大勢の山伏が入りこんできてホラ貝を吹きまくり、漆喰の壁がぶくぶくと泡だって不気味な老婆の顔が浮かぶ。しかし平太郎は動じることなく、インク壺にペンを浸して冷静にノートを取っている。長椅子の脚がにょろにょろと動きだして、彼をのせて室内を歩きまわっても平気な顔をしている。ある日、夜食を持ってきたホテルマンがドアを開けると、平太郎は部屋の真ん中で炎に包まれていた。悲鳴を上げるホテルマンに向かって、「落ち着け落ち着け」と平太郎は言った。しばらくすると火は消えてしまった。平太郎はそれが本物の火ではないことを冷静に把握していたのである。驚くべき胆の座り方と言わねばなるまい。

 やがて怪異は夜明けまでひっきりなしに続くようになり、平太郎は眠ることもできなくなった。疲れ果てて家に戻り、そのまま昼過ぎまで眠っている。やがて起き出して夕飯を取ると、ひたたびホテルへ出かける。目は疲労と執念でぎらぎらとする。家族の者は「とりつかれているのではないか」と心配した。今となってはホテル側も平太郎の調査を迷惑がるようになっていた。彼がホテルに乗りこんでからというもの、怪異は激しさを増すばかりではないか。今や三階の他の客室まで怪異が現れる。このままではホテル全体が化け物屋敷と化す。叔父は平太郎に「そろそろ手を引いてはどうか」と言ったが、彼は「あと少し待ってください」と懇願した。「必ず何か合理的説明がつくはずです」

 平太郎は「怪異なんかに負けてたまるか」とぷつぷつ言いながら四条通を歩いて行った。

 烏丸通を北に折れると、砂埃の舞うガランとした街路が続いていた。夕空は血を流したように赤い。「何やら不吉な空だな」と平太郎は呟きつつ、白煉瓦の銀行や内科医院の長い塀、散髪屋や文房具屋の前を通り過ぎる。磨りつぶした山芋のような涎を垂らす老いぼれ牛がゆっくりと車を引いている。市電が車輪の音を響かせて平太郎を追い抜いていく。

 往来に面した呉服屋の前に床几が出て、その日の仕事を終えた番頭たちが夕涼みをしていた。その店先に立って彼らと賑やかに言葉を交わしているのは、ホテルの令嬢だった。軒灯の明かりに浮かび上がる横顔を見ると、平太郎は胸がどきんとして、思わず立ち止まりそうになった。それでも努めて表情を変えずに近づいていったが、令嬢はなかなかこちらに気づかない。なんとなく物足りなく思ったとき、彼女はこちらを見て、パッと顔を明るくした。「いらっしゃった」と言った。

 不吉に赤い空のもと、廿世紀ホテルは輝いていた。

 金剛石の胆を持つ男として第三高等学校にこの人ありと言われ、ホテルの一室で幾多の怪異と向き合ってきた平太郎だったが、その夜の怪異には危うく白旗を揚げかけた。夜半までは妙な静けさが続き、「もう怪異は起こらないのだろうか」と平太郎も令嬢も怪訝に思った。嵐の前の静寂。どうやらそれもまた、姿の見えぬ敵の策略であったらしい。夜食を運んできたホテルマンの顔色が妙におかしく、令嬢が「大丈夫?」と声をかけるや、相手は四つん這いになって苦しげに唸り始めた。助け起こそうとした令嬢が「アッ」と声を上げて飛び退る。なぜならホテルマンの頭がぶくぶくと膨らんできたからである。やがて一斗樽ほどの大きさにまで膨れあがった頭がバチンとはぜると、中から三人の赤ん坊が飛びだした。薄気味悪い赤ん坊たちは小猿のような素早い動きで令嬢に飛びかかる。「これはいかん」と平太郎は赤ん坊たちを令嬢から引きはがそうとする。令嬢は悲鳴を上げ、赤ん坊たちを振りほどこうとしてもがく。そのとき平太郎は、烏丸通に面している窓が開いていることに気づいてゾッとした。「危ない!」という平太郎の叫びもむなしく、令嬢は窓枠を超えて転落した。恐ろしい一瞬の後、窓の下からずしんという響きが聞こえた。つづいてホテルの玄関が開く音、人々の悲鳴、助けを呼ぶ声が聞こえてきた。

 平太郎は窓辺に立って呆然としていた。令嬢を守ることができなかった悔しさに頭が真っ白になり、いっそのこと自分も窓から身を投げようかという気にさえなった。しかし平太郎の内なる何者かが「廿世紀人としての自覚を持て」と囁く。平太郎は窓から離れて椅子に腰掛けた。深く息を吸った。

 「これは『まやかし』だ。俺は信じないぞ」

 そうして彼が宙を睨むようにしていると、あたかも風に揺れる蠟燭の明かりのように、部屋の電灯が暗くなったり明るくなったりした。そしてあたりが暗くなるたびに、向かいの長椅子にボンヤリと人らしきものの姿が浮かび上がってきた。小柄な身体、青白い顔にチョビ髭を生やしている。黒い洋服姿で白い手袋をしている。似非英国紳士といったところだ。やがて部屋の明かりが完全に消えると、平太郎はその謎めいた男と暗がりの中で向き合うことになった。

 男は軽く会釈して、神野悪五郎と名乗った。

 「さても汝は気丈なる者よのう」と男は言い、平太郎が怪異に耐え抜いたことを褒めた。しかしながら、そもそも廿世紀ホテルが、かくも長きにわたって怪異に悩まされることになったのは、まさに汝の責任である。モダンを気取る人間どもの胆をいささか冷やして進ぜようと、ちょいとイタズラ心を起こしたにすぎないのに、いつの間にやら、我らの存在をまるで認めぬ小生意気な人間が居座りだした。すなわち汝である。このままでは我らの沽券にかかわる。というわけで洛中洛外のもののけが集い、このような次第となったのだ。ところが汝はまったく屈服しない。まったく呆れた男なり。盆明けまでに汝を追い出してみせようと考えていたのだが、どうやら自分の負けらしい。我らは今宵をもってホテルを立ち退く。

 「おまえはいったい何者だ?」平太郎は問いかけた。

 分かりやすく言うと妖怪の親玉である、と男は言う。

 「嘘をつけ」と平太郎は鼻を鳴らした。「妖怪なんぞ存在してたまるものか」

 新世紀にあって世界的雄飛をなすべき帝国日本の新青年よ、と男は言った。諸君の考えていることなんてお見通しである。たとえば私は諸君が大事にしている西洋の学問にさえ通じている。彼を知り己を知れば百戦危うからず。諸君は我らを旧世紀の闇に押しこめ、永久に葬り去ろうとしているが、そんなことができようか。できるはずがない。我々は世界の謎そのものなのだから。それでも我らが手を切って上手くやってみせると豪語するならそれもよかろう。一つ試してみるがいい。しかし言っておくが、そこには今と変わらぬ栄光と悲惨があるだろう。我らは闇の奥にひそみ、諸君との再会を待つだけだ。

 ではそろそろ私は去るとしよう、と男は立ち上がった。

 ふいに男は薄ら笑いを浮かべた。栄光の廿世紀を夢見る新青年に一つ贈り物をしておこう、行きがけの駄賃である。そう言って男が指を鳴らすと、黒煙のようなものが湧き上がって平太郎を包んだ。目の前を覆う暗闇の向こうに平太郎が見たものは未来の記憶である。これから百年の間に地上にはびこる絶望、なにゆえこんなことになってしまったのかと叫ぶ無数の人々の声である。それは平太郎が幼い頃から夢見ていた世界の未来とはまるでちがっていた。彼は思わず頭を抱え、脳裏を駆け抜けていく廿世紀の悲惨から身を守ろうとした。こんな未来は認めないぞと平太郎は思った。認めてたまるか。

 さても汝は強情なる者よのう、という声がどこからか聞こえた。

 「いずれ悪五郎の言うことが正しかったと悟る日が来たならば、遠慮なく我が名を呼ぶがいい。私はふたたびやってきて、おまえの願いを叶えてやろう」

 さて、それからどのぐらい時間が経ったものか。

 平太郎が我に返ると、部屋の電灯は明るく輝き、怪しい男の姿はどこにもない。むっくりと身を起こして耳を澄ましてみたが、ホテルはしんと静まり返っていて、何の異状もなさそうである。あたりの鬼気は消え去って、まるで抜け殻のように感じられる。今後は怪異が起こることもあるまいと平太郎は思った。しかしながら、あの男が行きがけの駄賃に見せた幻影は生々しく脳裏に刻まれている。

 平太郎は開け放った窓の前に立ち、暗い京都の町並みを眺めた。

 そうやって彼が呆然としていると、令嬢がドアを開けて入ってきた。生きている彼女の姿を見て、平太郎は「こんなに嬉しいことはない」と思った。令嬢は新京極で活動写真を見て帰ってから、今までずっと自室でうたた寝していたという。だとすれば呉服屋の軒先で出会い、ホテルの窓から転落した令嬢は、平太郎の見せられた幻であったことになる。謎である。しかし廿世紀の現代、解けない謎はない。

 平太郎にとって「廿世紀」という言葉は特別な輝きを持っていた。幼い頃、その言葉を彼に教えてくれたのは伯父だった。「おまえは廿世紀の子なのだ」と伯父は言った。今となっては誰もがこの言葉の新鮮な響きを忘れてしまったように見える。しかし平太郎はまだハッキリと憶えている。

 「お嬢さん、廿世紀ですよ」

 ふいに平太郎は明るい声で言った。

 令嬢はやや戸惑ったが、「そうですね」と微笑んだ。

 「嗚呼、この言葉が僕にとってどれだけ大事か、あなたに分かってもらえたら!」

 平太郎は暗い京都の町に向かって両腕を差し伸べた。

 「我々は廿世紀人としての自覚を持たなくてはならない。我々の不幸は、暗闇の中を手探りで進まねばならなかったことにある。我々は迷妄に足を取られていた。しかし負けてはならないんです。理性の光が世界を満たせば、進むべき普遍の道が我々の目の前に現れるでしょう。そのときようやく、我々は一つの統一された文明のもとに集い、この世界から悲惨を追放するんだ。我々の生きる廿世紀は、素晴らしい百年になるにちがいないんです。僕はそう信じている」

 それはまるで、自分に向かって懸命に言い聞かせている風だった。

“The 20th Century Hotel” originally appeared in Shōsetsu Tripper’s Summer 2015 issue.

This white text is to correct wordcount which appears incorrectly for non-English languages. a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a a 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Born 1979 in Nara Prefecture, Japan. Debuted in 2003 with Taiyō no tō (Tower of the sun), which he wrote while studying at Kyoto University, and won the 15th Japan Fantasy Novel Award. In 2006, he received the Yamamoto Shūgorō Prize for The Night is Short, Walk On Girl, and in 2010, Penguin Highway took the Japan SF Grand Prize. Other works include Uchōten kazoku (The eccentric family) and Nettai (The tropics). “The 20th Century Hotel” originally appeared in Shōsetsu Tripper’s Summer 2015 issue.